公共交通は「黒字」でいいのか
―― 編集長コラム 第8回 ――
連載・コラム


ニューヨークの新市長に見るメディアの構図
毎月1日に出していた編集長コラムが遅れました。遅れたことにより、11月4日にニューヨークの市長選挙が投開票され、民主党候補ゾーラン・マムダニ氏(34)の当選が決まりました。日本では「イスラム教徒初のニューヨーク市長」と見出しを付けられる人物です。
ここで1つ指摘しておきますが、英語メディアやニューヨークの地元メディアで「イスラム教徒初のニューヨーク市長」といった宗教を前面に出すタイトルを付けるメディアはほとんどありません。しかし日本のメディア(大手テレビ・新聞)は、ほぼすべてに「イスラム教徒の」と付けて報じています。
実はこれはおかしなことなのです。これがまかり通るのであれば、「キリスト教徒の石破総理誕生」(事実です)とタイトルに書かなければおかしくなりますし、公明党の議員が当選したら「創価学会の議員が誕生」と書かなければならなくなります。日本のメディアは中立公平を装っていますが、実際にはそうでないことがよくわかる事例でしょう。
気になる人はニュース検索で「ゾーラン・マムダニ」と「Zohran Mamdani」を日英両語で比較するとすぐにわかるはずです。英語ニュースのタイトルには「イスラム」「ムスリム」という言葉はほとんど出てきません。日本のメディアは一斉に同じ報道をする傾向があるので、こうしたことは自分の頭で考える癖をつけたほうがいいと思います。
政策で評価される政治家
さて、ゾーラン・マムダニ氏がどんな経歴を持つ人物なのか、そして日本のマスコミがどんなレッテルを貼るのかはそれらに任せるとして、日本人にとっても彼の公約は興味深い内容です。
彼の公約は「市民寄り」とされています。基本的には富裕層・大企業への課税強化で、所得100万ドル超に2%の市税、法人税を11.5%へ引き上げ、その財源で市民への施策を行います。
なかでも日本で注目すべきは「バスの無料化」です。これは少子高齢化が進んでいる堺市民は特に考えていいテーマでしょう。なぜなら、堺市は路面電車の阪堺電車に補助金を出していますし、南海バスの廃路線もじわじわと堺市に迫っています。また、人口減少に備えて自動運転バスの運行を始めるために堺市は予算を付けてさえもいるからです。
「黒字」を前提にした公共交通の矛盾
そもそも「公共交通が黒字でいいのか」という問いに、日本では誰も答えていません。民営化が叫ばれ、国鉄がJRになりましたが、民営化とは黒字を目指すということです。採算の取れないところは廃線になります。堺市でも「堺市立地適正化計画」という名で市をコンパクトにしていく計画が進んでいます。
つまり、堺市は人口が減る → 税収が減る → すべての地域に道路や交通を維持できない → 優先的に投資する区域を決める(=誘導区域)という流れで、「あんまり市の端の方には住まないでね」としているのです。言い換えれば、市民のための公共交通はこのあたりまで、と線を引いたとも言えます。
堺市など行政は「公共交通」と位置づけた範囲までは、補助金を民営会社に入れてでも継続させるでしょう。しかし、一方でバスや路面電車の会社は民間会社なので黒字を目指します。
短くまとめると、
・黒字を目指すと値上げが必要になる。
・値上げすると利用者が減る。
・減った分を補助金で埋める。
このループが続くことになります。
「黒字を目指さない前提」で考える
今回のニューヨークのマムダニ新市長の公約は、「その考え方は正しいのか。ならば最初から“黒字を目指さない前提”で無料化したほうが整合的ではないか」というものです。このあたりがマムダニ新市長も自身を「民主社会主義者」と位置づけているところであり、経済至上主義の保守派から毛嫌いされている点でもあります。
堺市の場合でも、阪堺電車以外ではバスの運転士不足を見込んで自動運転に数億円かけるより、堺市の補助金でバス運転士に月20万円上乗せしたほうが早く、安く、確実にバスは走るはずです。国からの補助金が出るから、という理由では「先進的な、なにか」を市民に見せる程度で解決にはならないと思っています。
日本では「物価高」が盛んに報じられていますが、実際は物価高ではなく「給料安」なのです。以前、堺東を歩いた際に、たこ焼きのチェーン店で求人の張り紙を見かけました。たこ焼きを焼くほうが、バスの運転士をするより月収が10万円ほど高かったのです。ニューヨークのマムダニ新市長ならすぐに人に対して補助金を出すことでしょう。
ニューヨークではコロナ禍の際に話題になった「エッセンシャルワーカー」が好待遇で迎えられました。もちろん、バスの運転士もエッセンシャルワーカーです。公共交通は赤字でなにがいけないのか。ニューヨークのマムダニ新市長の公約は、堺市民にとっても考えさせられるテーマではないでしょうか。
2025年11月5日
サカイタイムズ 編集長
笹野 大輔


