何を忘れない日なのか
堺市は、2026年7月12日(日)午後4時から午後6時まで、堺市役所本館正面玄関のO157堺市学童集団下痢症の碑「永遠に」前で、「O157堺市学童集団下痢症 追悼と誓いのつどい」を開く。
今年は、1996年に発生したO157堺市学童集団下痢症から30年の節目にあたるねん。堺市教育委員会は毎年7月12日を「O157堺市学童集団下痢症を忘れない日」としている。
堺市によると、「O157堺市学童集団下痢症 追悼と誓いのつどい」は、O157堺市学童集団下痢症により亡くなった3人の児童、後遺症により亡くなった方を悼み、市民や学校関係者、職員、その他関係者が二度とあのような悲惨な出来事を繰り返さないこと、決して風化させないことを誓うために開催される。
ただし、「二度とあのような悲惨な出来事を繰り返さないこと」とは、何を指しているのか。この記事で押さえておきたい要点は、次の通り。
- 1996年7月、堺市の学校給食に関連して、腸管出血性大腸菌O157による集団食中毒が発生した。
- 児童7,892人を含む9,523人が罹患し、3人の児童が亡くなった。さらに、当時罹患した児童1人が、19年後に後遺症を原因として亡くなった。
- 原因施設は学校給食施設と推定されたが、原因食材は断定されていない。
- かいわれ大根は「最も可能性が高い」とされた一方で、食材や施設のふき取り、使用水、排水など計1,709検体からO157は検出されなかった。
- 堺市学校給食と、羽曳野市の老人ホーム給食に含まれていたかいわれ大根を出荷した生産施設についても、施設内の井戸水、排水、種子、培養液、かいわれ大根等を検査したが、O157は検出されなかった。
- 「95%」という専門家発言や報道を通じて、かいわれ大根が原因と断定されたような印象が社会に広がった。
- その結果、かいわれ大根の撤去や注文キャンセル、業界への打撃、堺市の子どもへの差別、便乗犯罪、関係者への強い心理的負担など、健康被害以外の混乱も起きた。
- 堺市は毎年7月12日を「O157堺市学童集団下痢症を忘れない日」とし、追悼と教訓継承の取り組みを続けている。
児童7,892人を含む9,523人が罹患
1996年7月12日から、堺市内で多くの児童に食中毒の症状が現れた。
堺市によると、児童7,892人を含む9,523人が罹患し、3人の児童が亡くなった。また、当時、溶血性尿毒症症候群を発症した児童が、19年を経た2015年10月に後遺症を原因として亡くなっているねん。堺市の学校給食に起因する、腸管出血性大腸菌O157による学童集団下痢症だったわ。
WHOも1996年8月、堺市の発生状況について、市立小学校62校の児童6,309人と学校職員92人が影響を受け、感染した児童の家族などにも160人の患者が報告されたと記録しているで。
初動は医療機関からの通報だった
国立保健医療科学院の災害・健康危機管理情報システムによると、1996年7月13日、市立堺病院から「下痢、血便を主症状とする学童10人を診察した」と堺市環境保健局衛生部に通報があった。
同じような情報が他の医療機関からも寄せられ、堺市は学童の集団食中毒を疑って調査を始めた。
その結果、市内33小学校で255人の学童下痢患者が判明し、堺市学童集団下痢症対策本部が設置された。情報収集、医療体制の確保、原因究明が始まった。
7月13日に堺市衛生研究所へ搬入された有症者の検便26検体のうち、13検体からO157が検出され、原因菌と断定された。
学校給食が疑われた理由
堺市の報告書では、原因施設について、学校給食施設であると推定されている。
当時、堺市の学校給食は自校調理方式だった。それでも47小学校で同じ時期に発生したため、食材が広い範囲でO157に汚染されていたものと推測された。
調査では、北・東ブロックは7月8日、中・南ブロックは7月9日に食中毒菌に曝露されたことが示唆された。
原因食材は断定されていない
原因究明で大きな論点になったのが、原因食材だった。堺市によると、曝露日の献立で共通し、加熱工程が加わらない食材として検討されたのは、「かいわれ大根」「牛乳」「パン」の3点。
このうち、牛乳とパンは、複数業者が納入していたことや、配送分布と発生校・非発生校の分布が一致しなかったことなどから、原因となり得るとは考えられないとされた。その結果、可能性としてかいわれ大根が残った。
厚生省は当時、特定の生産施設から7月7日、8日、9日に出荷されたかいわれ大根が、原因食材として「最も可能性が高い」と発表した。
ただし、ここは正確に分けて理解する必要がある。
食材985検体、施設のふき取りや使用水、排水など724検体、あわせて1,709検体の細菌検査では、O157は検出されなかった。堺市学童集団下痢症対策本部としては、すべての検体から原因菌が検出されなかったため、原因食材の断定には至らなかったとしている。
また、堺市学校給食と大阪府羽曳野市の老人ホーム給食に含まれていたかいわれ大根を出荷した生産施設についても、大阪府が施設内の井戸水、排水、種子、培養液、かいわれ大根等を検査したが、O157は検出されなかった。
つまり、かいわれ大根は「最も可能性が高い」とされたが、検体から原因菌が見つかって断定されたわけではなかった。この違いが曖昧になると、「結局、何が原因だったのか」「かいわれ大根だったのか、違ったのか」が混乱しやすい。
95%発言と広がった誤解
原因食材をめぐる情報発信では、もう一つ大きな混乱があった。厚生省は1996年8月7日の中間報告で、かいわれ大根について「原因食材とは断定できないが、その可能性も否定できない」とした。9月26日の最終報告では、特定の生産施設から7月7日、8日、9日に出荷されたかいわれ大根が、原因食材として「最も可能性が高い」と発表した。
この9月26日の記者会見には疫学の専門家も同席していた。裁判所資料によると、記者から「疫学的に数値を出すとすれば何パーセント位の確率ですか」と問われた専門家は、「100パーセントとは絶対言えませんけれども、95パーセント位のところまでは言えると思います」と答えた。別の専門家も「私もそんなものだろうとは思います」と述べている。
この「95%」という言葉は、かいわれ大根が原因と断定されたような印象を社会に広げる一因になった。
ただし、堺市の報告書では、食材や施設のふき取り、使用水、排水など計1,709検体からO157は検出されていない。堺市学童集団下痢症対策本部としては、原因食材の断定には至らなかったとしている。
つまり、かいわれ大根は「最も可能性が高い」とされたが、検体から原因菌が見つかって断定されたわけではなかった。この違いが曖昧になると、事件の理解は大きくずれてしまう。
社会に広がった混乱
厚生省の発表後、社会にも大きな影響が出た。食品安全委員会の調査報告書では、大手スーパーなどが食品売り場からかいわれ大根を撤去し、東京都中央卸売市場の大田市場などで注文のキャンセルが相次いだとされている。生産者や流通業者にも大きな影響が及んだ。
また、O157への不安は、食品だけでなく人への偏見にもつながった。
同報告書によると、「伝染病」という言葉が一人歩きし、堺市の子どもというだけで夏休みのキャンプ参加を断られたり、観光地の旅館で宿泊を拒否されたりする事例があった。感染を理由に解雇されたり、職場でいじめを受けたりする不当な扱いも見られた。
事件に便乗した犯罪や暴力事件も起きた。セブン-イレブン・ジャパンに対し、「O157を入れたパンを店に置く」などと脅し、1億2,000万円を脅し取ろうとした男が逮捕された。8月10日には、堺市役所の市長公室長室に男が押し入り、「O157はおまえのせいや」などと言って公室長に暴行を加える事件も起きた。
さらに、10月2日には、財団法人堺市学校給食協会の常務理事が、集団食中毒問題を苦にして自殺したとみられる状態で発見されている。
O157堺市学童集団下痢症は、学校給食による健康被害だけで終わらなかった。原因究明の難しさ、行政発表の伝わり方、報道による受け止め、風評被害、差別や偏見、関係者への心理的負担まで含めて、社会全体に大きな混乱を残した出来事だった。
堺市行政の課題
堺市の報告書では、この集団下痢症について、未曾有の患者発生により一連の対応の中で混乱が生じたため、行政の危機管理の脆弱性が指摘され、さまざまな課題を残したとしている。
特に、広報や人権への対応も課題として挙げられている。当時は、市民の関心が学童集団下痢症に集中し、事態の対応に混乱している時期に、マスコミ対応も大きな負担になった。堺市は、今後さらに円滑な広報体制を整え、人権に配慮して対応する必要があるとしている。
人権問題では、O157が二次感染をともなうことから市民の不安が広がり、過剰ともいえる反応が見られた。症状のあった学童が回復後に「感染するから」といじめられたり、感染者でない人も堺市民というだけで宿泊を断られたり、勤務先から退職や休職を言い渡されたりする事態が起きた。
この事件の教訓は、食品衛生や学校給食の安全だけではない。危機が起きたとき、行政がどう情報を出すのか。事実、推定、断定できないことをどう分けて伝えるのか。つまり「O157堺市学童集団下痢症を忘れない日」とは、学校給食の安全、危機管理、行政の情報発信、差別や偏見を生まない伝え方、そして亡くなった人と被害を受けた人を忘れないために、という意味でもある。
7月12日に市役所前で開催
「O157堺市学童集団下痢症 追悼と誓いのつどい」は、7月12日(日)午後4時から午後6時まで開かれる。
場所は、堺市役所本館正面玄関のO157堺市学童集団下痢症の碑「永遠に」前。雨天決行で、荒天の場合は本館1階エントランスホールでの開催などに変更される場合がある。
式典の内容は次の通り。
- 午後4時~午後5時
開式、黙とう、堺市長による追悼と誓いのことば、堺市議会議長と堺市健康づくり推進市民会議会長による追悼のことば、関係者による献花、黙礼
一般献花
午後5時~午後6時
堺市は、事件を風化させないため、式典に加えて次の取り組みも続ける。
・学校園、教育委員会事務局職員などを対象にした研修
・全庁職員を対象にした研修
・堺市健康づくり推進市民会議が毎年開催する「健康フェア」でのO157堺市学童集団下痢症に関するパネル展示など
・堺市教育委員会が毎年度作成する「堺市立学校園運営における指針」への、O157堺市学童集団下痢症の碑の画像や碑文、「O157堺市学童集団下痢症を忘れない日」を定めた文書の掲載
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