松原市が仕掛ける『堺への攻勢』 人口流出を防ぐには
―― 編集長コラム 第5回 ――
連載・コラム


堺市民の情報ニーズ
7月の1ヶ月間のサカイタイムズのアクセス数は6万回を超えました。6月のアクセス数は3万回ほどなので、2倍以上ということですね。そろそろいつか帰国した際に「サカイタイムズを知ってる、読んだ」と言う人に堺で出会うこともあるのかな、と思っています。宣伝もせず、メールでのニュースレターもいまだに一度も出していないなかなので、Googleなどで検索し、辿り着いた先にサカイタイムズがあった人がほとんどでしょう。少しずつ堺のニュースが集まっているサイトという認識ができてきたのであれば嬉しいことです。
毎週更新の「堺市の子育て関連イベント」
サカイタイムズで毎週更新している記事に「堺市の子育て関連イベント」があります。堺市で行われている子育てイベントを集めたもので、堺市のそれぞれの区役所から子育てを支援するイベントが毎日のように発信されています。サカイタイムズとしては、単発のイベント記事では追いつけないほどの量があるので、毎週更新で区別・日別に分けて配信しています。
堺市の子育て関連イベント【月別・区別・時系列】
https://sakai-times.com/0420
多岐にわたる子育て支援
堺市の子育てイベントの内容は、親子で楽しめるイベントから子育て世帯の保護者同士の交流イベント、相談員による0歳児からの子育て相談、流産や死産を経験した人が集まる会まであり、堺市の子育て支援の取り組みは充実しているのではないでしょうか。不満を持つ方もいらっしゃるかもしれませんが、支援の手厚さは50年前では考えられないほどです。
団塊ジュニア世代の体験と子育て支援の違い
私自身(1973年生まれ、団塊ジュニア世代)は、子どもの頃にそのような行政の子育て支援イベントをほとんど体験した記憶がありません。それでも当時の自分たちの世代は、現在「日本で一番人口が多い世代」になっています。この経験から感じるのは、「子育て支援」と「少子化対策」は、言葉の見た目は似ていても根本的に違う目的・性質のものだということでしょう。
子育て支援と少子化対策は別物
簡単に書くと、子育て支援が多いと子どもの数が増えるのであれば、私の世代(1973年生まれ、団塊ジュニア世代)の子どもの数が多いことの辻褄が合わなくなります。だから、子育て支援は「現役世代を応援するもの」として必要なものの、少子化対策ではないということです。
「異次元の少子化対策」と堺市の現実
もう多くの日本人は忘れているのかもしれませんが、岸田首相だった頃に「異次元の少子化対策」という言葉が一時期ニュースで溢れていました。もちろん、いまだに少子化が改善されているわけではありません。堺市にしても「異次元の少子化対策」以降も、堺市の人口は減り続ける自然なカーブを予想しています。「異次元の…」が、なにか効果があると試算していなかったのでしょう。


婚姻数減少の背景
実のところ、調査で明らかになっていることは、日本で結婚した女性が産む子どもの数は何十年も前からたいして変わっていません。実際、日本で「結婚した夫婦が産む子どもの数」は、過去50年近くほとんど変わっていません。1970年代から2000年代前半まで2.2人前後で横ばい、2021年の最新調査でも1.90人と、わずかな減少にとどまっています。【国立社会保障・人口問題研究所・出生動向基本調査】。
つまり、日本の少子化の最大の原因は、結婚の数が減っていることなのです。結婚した人は今も昔もほぼ2人ずつ子どもを持っている。にもかかわらず日本の子どもの数が減っているのは、「結婚する人そのものが減ったから」ということです。ちなみに生涯未婚率は1970年代は、男性は約2%、女性は約3%だったのに対し、2020年は男性は約28%、女性は約18%でした【国立社会保障・人口問題研究所の統計】。
おそらく日本のテレビ新聞で毎年発表する「出生率」の数値を見たり聞いたりするだけだからおかしな認識になるのでしょう。このコラムを読んでいる人だけでも、“そもそも結婚の数が増えなければ少子化の流れは変わらない。結婚した夫婦が持つ子どもの人数はたいして変わっていない”という現実を知っておいてもいいと思います。
少子化対策には結婚数の増加が不可欠
むかしから日本人は恋愛が得意とは言えない、だからお見合い制度の衰退と共に婚姻数が…と、こういった話をし始めるとコラムとしてまとまらなくなってくるのでやめておきます。
つまり、何が言いたいのかというと、日本での少子化対策には結婚する人が増えないと意味がありません。ただ、それも特効薬はなく、そうなると始まることは人口における都市間競争です。日本国内ではもうすでに市による人口の奪い合いが始まっています。


市町村間で始まる人口の奪い合い
堺市に住む人からすると市による人口の奪い合いは「都会から過疎地へ移住する話でしょう?」と考える人が多いと思います。しかし、実はそうではないのです。例えば、堺市に隣接する市である松原市は、もうすでに積極的に堺市に“攻めて”来ています。上記の画像は松原市の市長公室企画政策課が担当してヘアカット専門店であるQB HOUSEがPRしているものです。
松原市が仕掛ける転入促進プロモーション
具体的には、QB HOUSEはヘアカット中に前のモニターに映像が映し出されますが(画像の赤丸部分)、松原市は堺市のQB HOUSEのCM内で、転入促進策の案内CMを大阪府内のQB HOUSEの店舗でモニター放映しているのです。
CM放映期間:令和7年8月1日(金)~令和7年8月31日(日)
放映回数:30秒CMを1時間に6回、6万回以上
QB HOUSEでの放映店舗は、QB HOUSEの堺駅店、アリオ鳳店、イオンモール堺北花田店、ららぽーと堺店、イオンモール堺鉄砲町店の5店舗。現在、松原市は計10店のQB HOUSEでそのCMを放映していますが、5店舗は堺市内です。松原市は堺市でのQB HOUSE利用者への情報発信により、松原市の流入人口拡大を狙っているのです。
松原市の補助金制度の内容
内容にも驚かされます。CMとして流している松原市の「結婚等新生活応援補助金」「子育て応援シェアプロジェクト補助金」は、堺市からの移住者に対しても松原市が補助金を出します。20代の夫婦であれば60万円、30歳以上なら30万円、乳幼児がいる世帯が家を松原市で購入したら最大30万円です。最大と書いた理由は、該当する人が松原市の魅力をSNSで1つ発信するごとに3万円、10回まで補助金を出すからです。
松原市の補助金制度 要約
松原市結婚等新生活応援補助金(令和7年度)要約
• 令和7年1月~令和8年3月に結婚またはパートナーシップ宣誓した39歳以下の世帯が対象
• 住居費・引越費用・リフォーム費用に補助金
• 夫婦とも29歳以下は上限60万円(住宅購入は100万円)、30歳以上は上限30万円(住宅購入は50万円)
• オンライン申請、先着順、予算がなくなり次第終了
松原市子育て応援シェアプロジェクト補助金(令和7年度)要約
• 市外から転入し市内で住宅購入した0~5歳児のいる世帯が対象(賃貸は不可)
• 松原市の魅力や子育て支援をSNS投稿すれば、1投稿3万円(最大10投稿・30万円)
• 申請はSNS投稿後にオンラインで受付、先着順
実際の補助例
たとえば、夫婦共に堺市在住の28歳で、家賃15万円の松原市の賃貸住宅を新たに契約し、敷金・礼金も15万円、引っ越し費用が20万円、リフォーム費用に10万円をかけた場合、合計50万円までがそのまま補助対象となり、上限の60万円以内であれば全額補助される仕組みです。リフォーム代も住宅の機能維持・向上に関する工事であれば対象となるので、対象となるリフォームであれば、さらに10万円補助されるということです。市外から転入し、松原市に家を購入した人の場合は、0~5歳児のいる世帯であれば松原市の魅力をSNSで発信するだけで最大で30万円の補助があります。
経済的補助だけではなく街の魅力が重要
もちろん、松原市の施策は移住のきっかけになるかもしれません。とはいえ、移住一時金のようなもので移住を決める人は少ないでしょう。補助金制度などの経済的なインセンティブだけではなく、街の魅力がなければ、単なる補助金目当ての移住だけでは人口の流入は持続しないからです。それでも松原市が、住む上で堺市と大差がない街であれば移住の大きなきっかけになる施策と言えるでしょう。
街の魅力づくりが移住定住のカギ
松原市のこの施策は、堺市の街の魅力づくりも問われていると感じます。街の魅力とは、便利、美しい、楽しい、治安がいい、行政の風通し、住民の気質、歴史、他にはない市のサービスや特徴など、考え出すとキリがないですが、それらすべてを含めて魅力的な街かどうか判断されます。魅力的な街であれば移住者は増えます。それは世界共通でしょう。
以前の回で書きましたが、堺市は毎年約5000人の人口が減っている街です。異次元の少子化対策など実現しないことがわかったいま、堺市に移住する人を増やさなければならないのです。結局のところ堺市の人口を増やすには「堺で暮らしたい」と思ってもらえる魅力があるかどうかにかかっているとも言えます。
中庸から一歩踏み出す時
サカイタイムズで堺市の施策もくまなく見ていますが、ほとんどが中庸で、驚くような施策はほとんどありません。驚いたのはカタカナ英語の羅列のイベントがあったくらいでしょうか。組織として思い切ったことをすることは難しいとは思いますが、無難で中庸がいいんだ、と続けてきた結果が人口減であるなら見直しが必要でしょう。
また、イベントでも古墳や町家、刃物や線香が一次産業であるなら、加工に当たる二次産業も育っているようには思えません。つまり、一次産業は動かないものと捉え、民間によるコラボなどによる相乗効果を出せるかどうかが今後の鍵となりそうです。
このまま人口減を辿り続けるのかどうか、堺市は本格的な都市間競争に入る前の分岐点にいます。魅力的な街になる要素はどこにあるのか。サカイタイムズは堺の新しいサービスや企業や街の動きをこれからも積極的に伝えていきたいと考えています。
2025年8月1日(日本時間)
サカイタイムズ 編集長
笹野 大輔