堺で鉄板焼き店を営む「kuni」41 大國翔一さん
14年の野球を経て、父と同じ鉄板焼きで自身の店を構える
インタビュー・特集


今週の堺人(サカイビト)Vol.3
14年続けた野球、その先にあった決断
14年間続けた野球を手放し、料理の道へ進んだ大國翔一さん。小学1年生から大学2回生まで野球に打ち込み、寮生活や県外での進学も経験した末に選んだのは、堺で鉄板焼き店を営む道だった。いま堺でクニヨンジュウイチ(「kuni」41)を営みながら、日々料理と向き合っている。
プロフィール
氏名:大國 翔一
年代:40代
職業:自営業(飲食店経営)
居住地:堺市堺区
堺市居住歴:40年
Q1
これまで、どんな仕事をしてきましたか?
これまで20年以上、飲食店のみの仕事をしてきました。親のお店の名前はステーキハウス大國です。私のお店の名前はクニヨンジュウイチ(「kuni」41)です。鉄板焼きを中心に、ハンバーガーやパスタ、ローストビーフなどを提供しています。
Q2
いまの生活の中で「自分らしい日常だ」と感じる場面とは?
今の生活で自分らしさをあまり考えたことはありませんが、子供が4人いますので、家族で遊んでいる時が自分らしさが出ているかなと思います。
Q3
堺で暮らしてきた中で「ここで生きてきた実感がある」と感じる場面とは?
親が29年堺で飲食店をしており、私自身も8年前から堺で飲食店をしています。お店に来てくれる友人やお客様と「昔ここにあの店あったなぁ」と会話すると、堺で生きてきたのだなと思います。子供の頃によく行ったのは、今は無くなりましたがイトーヨーカドー、スーパーはやし、やまたけのコロッケ屋さんなどです。
Q4
人生の中で「大きな転機だった」と感じている出来事とは?
14年間続けた野球を辞める決断は、簡単ではなかったと思います。小学1年生から大学2回生まで14年ほど野球をしていて、辞めて料理の世界に入った事が私の人生の大きな転機です。高校の時は岡山県の高校に寮生活をしていて、大学も奈良の大学に行きましたが、野球は続かず、初めて焼き肉屋さんでアルバイトした時に、もっと料理の事を知りたいと強く思いました。アルバイトも辞めた時に本気の気持ちで料理の世界に入りました。
Q5
これからの人生について、現時点で考えていること
20年以上飲食を続けてきた中で、最も厳しかったのはコロナの時でした。今考えている未来は1日1日を楽しんで健康に楽しくお店を続けていけたらいいなと思います。お店を始めて最初の1年はお客様に育てていただきましたが、5年くらいから成長したねと言っていただいたり、地方から来られたりと、今も前も変わらず、とにかく数々の方がお店に来て下さる事が嬉しいです。コロナの時は本当にお客様が来られなかったので、なおさらそう感じます。
大國翔一さんのお店
店名:クニヨンジュウイチ(「kuni」41)
ジャンル:バル、ハンバーガー、ステーキ
住所:堺市堺区竜神橋町2-3-1 1F(Googleマップはこちら)
アクセス:南海本線堺駅南口より徒歩5分(駐車場なし)
電話:072-247-8160(15時〜17時は不在の場合あり)
営業時間:
11:30〜14:00/17:30〜22:00
定休日:火曜日、第1・第3水曜日
席数:20席(カウンター・テーブル・ソファー)
貸切:可(20人以下、立食最大40人)
禁煙(テラス席のみ喫煙可)
● 店名「kuni」41の由来
店名の「kuni」は、大國(オオクニ)という自身の名字から取ったもの。「41」は、小学生のころ野球で初めてもらった背番号。父が堺で「鉄板焼きステーキ大國」を営んでいることもあり、同じ堺で似た名前にするのは避け、名字と背番号を組み合わせ、「kuni」41とした。
記事:笹野 大輔
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