堺のデザイン会社を率い「街を噛み合わせる」志波大輔さん
nendo出身デザイナー、クリエイティブチームTOGUで地域と企業をつなぐ。飲食店も運営
インタビュー・特集


今週の堺人(サカイビト)Vol.4
デザインで地域の可能性をひらく
世界的デザインオフィスでの経験を経て堺市で独立。企業のブランディングや地域プロジェクトに関わりながら、堺を拠点にクリエイティブチーム「TOGU」を率いる志波大輔さん。デザインの力で地域の価値を可視化し、人と企業、街をつなぐ取り組みを続けている。また、堺市駅近くで、お好み焼きバル MERYGURYも経営している。
画像:志波大輔さん。デザインオフィスMERRY BEETLEのデザイン事例と、自社でプロデュース・運営するお好み焼きバルMERYGURY
プロフィール
氏名:志波 大輔
年代:40歳(1986年2月25日生まれ)
職業:自営業(デザイン事業・飲食事業)/株式会社MERRY BEETLE 代表取締役/TOGU 代表
居住地:堺市北区
堺市居住歴:2014年から(11年)
Q1
これまで、どんな仕事をしてきましたか?
大学卒業後にデザイン専門学校へ進み、デザインオフィスnendo(ネンド)のデザインを初めて見たのは、2012年のミラノサローネでのレクサスのインスタレーションでした。初めて見た瞬間から、デザイン性の高さと、狂気に近い熱量に心を奪われて、「ここで働きたい」と思い、nendoに飛び込みました。
入社後はプロダクトデザインのチームに配属され、エレコムやコカ・コーラ、シュウウエムラなどの案件で、CG制作やプレゼン用モックアップのための3Dモデル制作に明け暮れました。半年ほど経った頃、大学で建築を学んでいたこともありインテリアデザインチームへ。ディレクターとしてプロジェクト統制をしながら、自分でもCGや図面制作を行いました。当時は今のような働き方改革の空気もなく、正直かなり厳しい環境でしたが、「独立するための修行」と思って踏ん張りました。ただ結果的には3年で退職。本来はもっと長く働く想定でしたが、心身が先に限界を迎えました。
心身が限界を迎え、一度立ち止まる
退職後は少し体と心を整えたくて、クロネコヤマトで短期アルバイトもしました。配属先は東京の月島。荷物をカートで運び、街を歩き回る仕事でした。下町の人情や仲間との交流が心地よく、かなり救われました。インフラの仕事の大変さと重要さを知れた経験で、今でも「荷物はちゃんと受け取ろう」と思っています。(今は置き配も増えて、少しは楽になっているのかもしれません)
人脈ゼロからの独立と法人化
その後、大阪へ戻ることになります。実家が八尾から堺に引っ越していたので、堺に転がり込みました。グラフィックを学び直したくてデザイン会社にもアプローチしましたが採用されず、悩んでいた時に、大学時代にお世話になった塾の社長から「やらない理由を並べているうちは独立できない」と言われ、背中を押されました。
こうして2014年1月にフリーランスとして独立。仕事も人脈もゼロだったので、週4で塾講師をしながらスタートしました。異業種交流会にも参加しましたが、人見知りで斜に構える性格もあり、なかなか馴染めず…。そんな中で出会ったのが前田さんという建築会社の先輩で、そこから倫理法人会という経営者団体に入り、人生が大きく変わりました。会の大先輩に「早く法人化しなさい」と言われ、2016年に株式会社MERRY BEETLE(メリービートル)を設立しました。
現在はデザイナー2名とともに、ロゴ・グラフィック・Web・空間・撮影や映像・コピーなど、チームでブランドを総合的に形にする仕事をしています。そして2025年11月から飲食事業「MERYGURY(メリグリ)」も開始し、パート・アルバイトを含めて15名ほどの会社になりました。
Q2
いまの生活の中で「自分らしい日常だ」と感じる場面とは?
起業して12年、とにかく必死に走ってきました。コロナもありましたし、正直「会社が潰れるかもしれない」と思ったことも何度かあります。デザイン会社として成り立たせるために全力で仕事に向き合ってきたけれど、どこかずっと「雲を掴むような気持ち」が拭えませんでした。
「結構しんどい」デザインの仕事
たぶんそれは、自分がやっている仕事が世の中にどう影響しているのか、役立っているのか、ちゃんと喜ばれているのか、確信が持てないまま走り続けていたからだと思います。デザインは成果が見えるまでに時間がかかるし、プロジェクトによっては数ヶ月、時には1年以上かけることもあります。完成した時点で喜ばれるというより、その先の売上や採用、ブランドの浸透など、結果が出た時に初めて意味が確定する。だから常に「この仕事は本当に正しかったのか?」と自分と対峙することになります。これが結構しんどい。
「堺を研ぎなおそう」TOGU立ち上げ
そんな中で、2025年10月に堺のクリエイティブ5社で「TOGU(トグ)」を立ち上げたのは、自分の生活にとってすごく大きかったです。堺の名産である刃物から着想して、「堺を研ぎなおそう」というスローガンで始めました。まだ活動は濃密とは言えませんが、特許庁や近畿経済産業局の方々と一緒に地域企業をデザインで活性化させたり、堺市100人カイギを主催して堺市7区で活躍する人たちをゆるやかにつないだり、「目の前の誰かのために」「堺を良くしたい」という明確なビジョンのもと動けていることに、今は充実感があります。
「美味しい」で完結する飲食の世界
そしてもうひとつ、2025年11月から飲食事業を始めたことも非常に大きいです。飲食は、お客さんがその場で「美味しい」「ありがとう」「また来るね」と言ってくれて、数時間で完結する。こんなシンプルな世界があるんだ、と正直感動しました。もちろんその裏には店長やスタッフが一生懸命働いてくれていることが前提ですが。
個人的には、飲食事業を通じて仲間が増えたことが何より嬉しいです。母と娘で働いてくれたり、スタッフがプライベートで店に来てくれたりするのを見ると、心底嬉しい。おせっかいで世話焼きな性格なので、守るべき人が増えるほど頑張れるタイプなんだと思います。
2025年10月を境に、僕の人生は「自分らしい日常」にグッと近づいた感覚があります。
Q3
堺で暮らしてきた中で「ここで生きてきた実感がある」と感じる場面とは?
正直、僕は堺の人間ではないので、「堺で生きてきた実感」という意味ではまだ薄いです。ただ、外部の人間だからこそ、堺への愛が深い人たちを見て感動することがあります。
堺って、派手さはないけど、芯が強い人が多いなと感じています。自分の仕事や活動を通して、堺の企業や人に触れれば触れるほど、「この街にはすごい人がいる」と思う機会が増えました。そしてそういう人たちが、当たり前のように地域のことを考えている。
僕は元々、そこまで地域志向が強かったわけではありません。でも、そういう人たちの背中を見ているうちに、自分も自然と感化されました。ご縁をいただき、お世話になっている堺に対して、何か返したいと思うようになった。いまは「堺のために」と言えるようになったこと自体が、僕にとっては“堺で生きている実感”のひとつかもしれません。
Q4
人生の中で「大きな転機だった」と感じている出来事とは?
大きな転機はいくつかありますが、まずひとつはデザインオフィスnendo(ネンド)で働いたことです。あの環境で、仕事の基準やスピード感、クオリティの上げ方を叩き込まれたことは、今でも自分の根っこに残っています。しんどかったけど、確実に財産です。
次に、独立して会社をつくったことです。
フリーランスでの独立は勢いでしたし、法人化も「売上が伸びたから」というより、倫理法人会の先輩に背中を押されて決断しました。でも結果的に、法人化して場所を借りて、仲間を迎えて「覚悟を決めた」ことで、仕事が舞い込む流れができた。今思えば、あれは自分の器を広げた瞬間だったと思います。
そして三つ目は、TOGUや飲食事業など「地域」という文脈で動き始めたことです。
これが、自分の仕事の意味や、人生のピントを大きく変えました。単にデザインを納品するのではなく、街の未来や、誰かの挑戦を支える“場”をつくることに、より関心が向いたのがこの数年です。
Q5
これからの人生について、現時点で考えていること
これからは、TOGUというチームの成長に一番コミットしていきたいと思っています。
「地域のために」という想いには、想像以上の求心力があると感じています。同じような価値観を持つ企業や人が集まり、結果的に堺が面白くなっていく。その輪が大きくなる未来を想像すると、素直にワクワクします。
僕は「堺という街を、自分たちでデザインしたい」と思っています。街づくりというと大げさですが、企業のブランディングや採用、教育、福祉、文化活動など、いろんな要素が少しずつ噛み合って、街の空気は変わっていく。その“噛み合わせ”をつくるのが、TOGUの役割のひとつだと考えています。
デザインと”政治の世界”
また、個人的にずっと思っているのは、”政治の世界”にこそデザインの力が必要だということです。
ビジョンを描き、それをわかりやすく伝え、実行していく。そういう力が、今の社会にはもっと求められていると思います。だからこそ、デザインの世界から、政治や行政に関わる人が増えていくのはすごく大事なことだと感じています。
ただ、現時点で自分がその領域にどこまで踏み込むべきかは、まだ判断がついていません。まずは自社の地盤を固め、TOGUの活動を通じて、地域と行政の接点を増やしながら、本当に必要な関わり方を見極めていきたい。しばらくは、この“グレーな領域”に立ちながら活動していこうと思っています。
志波大輔さん経歴
神戸大学で建築を学んだ後、デザイン専門学校を経て東京のデザインオフィス「nendo」に入社。プロダクトおよびインテリア分野のデザイン業務に携わる。退職後、2014年にフリーランスとして独立。2016年に株式会社MERRY BEETLEを設立し、ロゴ・グラフィック・Web・空間などブランド開発を手掛ける。2025年には飲食事業「MERYGURY」を開始。
記事:笹野 大輔
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