4畳半に描かれた新しい暮らし
筆者は祖父の遺品を整理していたとき、陶器を包んでいた古い新聞に目を奪われたことがある。丁寧に紙面を開くと、泉北ニュータウンの新しい団地への入居を募集する、図面イラスト付きの広告が載っていた。そこには「グランドピアノも置ける広々とした空間」といった趣旨の言葉があり、図面を見ると、グランドピアノが描かれた部屋は4畳半だった。
4畳半の部屋にグランドピアノを置けば、とうてい広々とは感じない。けれど、その紙面には、当時の人たちがニュータウンに託した新しい暮らしへの期待が残っていた。団地やニュータウンは、建物の配置や間取りだけでなく、その時代の「こう暮らしたい」という願いまで映し出している。
有原啓登さんは、横浜市の公団団地で生まれ育ち、大学で建築設計を学んだ。卒業後はゼネコンで施工管理の実務に携わり、現在は地方住宅供給公社で団地管理や団地再生に関わっている。仕事として団地を見つめ、趣味として団地を歩き、都市やまちづくりに関する発信も続けてきた。
団地を「供給」「空間」「生活」という3つの層から捉える有原さんは、どのように現在の活動にたどり着いたのか。団地マニアとして活動を続ける有原さんに、これまでの仕事や活動について聞いた。(記事:笹野 大輔)
プロフィール
有原 啓登(ありはら・ひろと)
大阪在住の団地愛好家。横浜市の左近山団地で生まれ育ち、現在は地方住宅供給公社で団地管理や泉北ニュータウンの公社団地再生に携わる。団地や都市計画に関する発信、講演、執筆も行い、2024年3月には日本建築協会論考コンクールで第7回片岡安賞を受賞した。
これまで、どんな仕事をしてきましたか?
私は団地で生まれ育ち、大学では建築設計を専攻しました。卒業後はゼネコンで施工管理の実務に携わり、現在は地方住宅供給公社で、団地管理や団地再生(コミュニティ活性化など)に従事しています。
こうした経験を通じて、団地を「供給」「空間」「生活」という三層構造から立体的に捉える視点を得ることができました。
その一方で、休日には趣味として団地を訪れたり、都市やまちづくりに関する書籍を自費で購入して読み漁ったりしてきました。「へえ、そうだったのか。面白い!」と感じたことを自身のFacebookで発信していたところ、企業や大学から「団地や都市計画について話してほしい」という依頼をいただくようになりました。
これまでに京都大学、長崎県庁、都市住宅学会、大阪府建築士会など、十数カ所で講演の機会をいただいています。
また、学芸出版社のWebマガジンや一般社団法人建築研究振興協会の機関誌で団地紹介コラムを連載したほか、団地の社会的意義を論じた寄稿が日本経済新聞に掲載されました。さらに、団地のあるべき姿を考察した論考で第7回片岡安賞を受賞しました。
これらの活動はすべて個人の趣味として行っており、いずれも無報酬です。
いまの生活の中で「自分らしい日常だ」と感じる場面とは?
仕事や家事といった面倒な用事をすべて片づけた夜、風呂から上がってソファに身を預け、その日手に入れたばかりの真新しい本を開く瞬間が、私にとって最も幸せで、最も自分らしい時間です。
泉北ニュータウンの団地再生で気づいたこととは?
私は団地再生業務の一環として、泉北ニュータウンの団地でコミュニティ活性化を目的とした居住者向けイベントを企画・開催したことがあります。
しかし、参加者の多くが女性で、男性高齢者の姿がほとんど見られないことに当惑しました。男性高齢者はこのような集まりに参加することを敬遠する傾向があり、受動的なイベントを負担に感じる方も少なくないようでした。
一方で、団地の一角にある空き室をリノベーションしたDIY工房には、自然と男性高齢者が集まり、小学生に夏休みの工作を教えるなど、活気にあふれていました。
この違いはどこから生まれるのかと考えたとき、人は「誰かにしてもらう」よりも「誰かにしてあげる」ことにこそ喜びや生きがいを見出すのではないか、という結論に至りました。これは私にとって非常に大きな気づきでした。
団地をより良くしていくためには、団地を単なる「住む場所」としてだけでなく、さまざまな人が自分の役割を見つけ、活躍できる「場」として機能させることが重要だという信念が、この経験から生まれました。
住民の方々が生き生きと活動している姿を見ると、私自身も幸せな気持ちになります。
団地への思いの原点になっている出来事とは?
述べたとおり、私は横浜市にある公団団地で生まれ、幼少期を過ごしました。5階建ての住棟が26棟も連なるマンモス団地で、私が暮らしていたのは1970年代、団地が建設されてからまだ6年が経った頃でした。
隣の棟に住む友達の家で夕飯をごちそうになったり、上の階のおじさんがキャッチボールの練習に付き合ってくれたりと、多くの人が近い距離で暮らす環境はとても心地よいものでした。
この団地で過ごした幼少期は、振り返れば私の人生で最も幸せな時期だったのかもしれません。
こうした体験は、現在の私に大きな影響を与えています。団地には「個性がない」と言う人もいますが、私はそうは思いません。団地はいわば“立体の長屋”です。
夜になると無数の明かりが住棟に灯り、その一つひとつに暮らしと人生があるのだと感じて胸が熱くなったことを、今でも鮮明に覚えています。
これから伝えていきたい泉北ニュータウンの価値とは?
泉北ニュータウンは、千里ニュータウンと同じく大阪府企業局が開発した“双子のニュータウン”です。日本初のニュータウンである千里ニュータウンに注目が集まりがちですが、泉北ニュータウンにも、当時として画期的な試みに挑んだ、評価されるべき団地や建物が数多く存在します。
しかし、泉北ニュータウンやその団地に関する研究や論文は、決して多いとは言えません。一方で、建設当時には建築雑誌などで華々しく取り上げられた団地も確かにありました。
私は趣味として、泉北ニュータウンに関する建築雑誌や書籍を古本屋で探し、自費で少しずつ収集してきました。
今回の講義(6月13日・いづみ健老大学)では、そうして学んできた知見を、みなさまにぜひシェアさせていただきたいと思っています。
6月13日に泉ヶ丘で短期講座
有原さんは、2026年6月13日(土)、NPO法人いづみ健老大学の短期講座で、泉北ニュータウンの団地をテーマに話す。
講座名は「泉北ニュータウン団地の『ある』『あった』『これから』」。泉北ニュータウンの誕生、千里ニュータウンとの類似点と相違点、泉北ニュータウンにある評価されるべき団地などを取り上げる。
開催概要
- 講座名:泉北ニュータウン団地の「ある」「あった」「これから」
- 日時:2026年6月13日(土)15:00〜16:30
- 場所:泉ヶ丘センタービル 4階1・2集会室
- 住所:堺市南区茶山台1丁2番1号
- 講師:有原啓登さん
- 受講料:2,300円
- 定員:10名
- 対象:どなたでも参加可能
- 申込:要申し込み
- 問い合わせ:NPO法人いづみ健老大学
- TEL/FAX:072-299-1454
- メール:izumikenrou@syd.odn.ne.jp