演劇で「それぞれの堺を感じてほしい」劇作家・山尾匠さん

山尾企画「おいでよ!テアトル堺」10月31日・11月1日

インタビュー・特集
サカイタイムズ
堺東の商店街で軽トラックの荷台に立って演じる山尾匠さんと共演者
軽トラックの荷台を舞台にした山尾企画の「軽トラ演劇」。右は山尾匠さん、左は共演者

堺で育った記憶を舞台へ

「誰かと共有できるとは限らなくても、自分の中には確かにある故郷の温度を描きたい」――。山尾企画を主宰する劇作家・山尾匠さん(30代)は、堺市の大浜周辺で過ごした記憶をもとに、堺を舞台にした作品『おいでよ!テアトル堺』を書いた。

10月31日と11月1日には、フェニーチェ堺で本公演を上演する。高校時代に演劇と出会い、舞台の大道具や劇場管理の仕事を続けながら、自らも作品をつくってきた山尾さん。堺での記憶、演劇との出会い、軽トラ演劇を始めた理由、今回の公演に込めた思いを聞いた。

Q1

これまで、どんな仕事をしてきましたか?

高校卒業後、舞台の大道具の会社に就職し、歌舞伎やミュージカル、現代劇など幅広い演目に携わりました。

軽トラ演劇で共演者と並んで演じる山尾匠さん
堺東で行われた山尾企画の軽トラ演劇。右は山尾匠さん

その後、自身の演劇活動を行うため退職し、アルバイトなどを経て、単発で大道具の仕事をしました。コンサートや芝居のほか、遊園地の内装など、いろいろな仕事をしました。

人との縁で、メルパルクホール大阪(2023年閉館)の劇場管理の仕事もさせていただきました。今も、どこかの劇場で日々働いています。

軽トラ演劇で共演者と並んで演じる山尾匠さん
堺東で行われた山尾企画の軽トラ演劇。右は山尾匠さん

Q2

いまの生活の中で「自分らしい日常だ」と感じる場面とは?

人との会話の中で「今のお芝居っぽいな」と思ったり、初めて行くお店で「ここで芝居をしたら、どういう見せ方がおもしろいかな」と考えたり、つい劇作につながるように物事を見てしまいます。

それを誰かと共有して笑うのが、自分らしいのかなと思います。

Q3

堺とのつながりを強く感じるのは、どんな時ですか?

歴史あるものに触れた時、「子どもの頃に見たな、聞いたな」と思ったり、灯台を見て「こんなんあったな」と懐かしさを覚えたりします。潮の匂いや猿の匂いで、子ども時代を思い返すこともあります。

猿の匂いというのは、大浜公園のサル山のことです。小中学生時代は大浜公園が一番の遊び場でした。竜神橋を使って鬼ごっこをしたり、夏は大浜プールに行ったり、部活では大浜体育館を使ったり、大魚夜市に行ったり。すごく思い出深い場所です。

似たような施設がある環境はほかにもあるかもしれませんが、猿山のことを大人になって市外の友人に話すと、驚かれます。

「故郷の温度」を描く

物語の要所要所に海が出てきます。考えごとをしたい時には海を眺めました。父に連れられて行った魚市場での特別なご飯、友達と海を眺めながら話し込んだ時間。自分にとって、この街の風景は素直でいられる場所なのだと思います。登場人物たちも、心の素直な部分を語り合います。

「堺らしい作品をつくりたい」と考え始めたものの、自分の記憶は育った大浜エリアが中心です。広い堺のすべての人が、同じようなことを思ってくれるかは分からないなとも思いました。

ですが、誰かと共有できるとは限らなくても、自分の中には確かにある、言葉にできない故郷の温度を描きたい。それぞれの「堺」を感じてもらいたいと思いました。

Q4

軽トラックの前で観客に向かって演じる山尾匠さん
堺東で行われた軽トラ演劇。軽トラックの前で観客に向かって演じる山尾匠さん

人生の中で「大きな転機だった」と感じている出来事とは?

高校の時に演劇と出会ったことです。自分では悪いところだと思っていた部分を、いいところとして受け入れさせてくれました。それが今の仕事や、すべての人とのつながりにも続いていると思います。

軽トラックの前で観客に向かって演じる山尾匠さん
堺東で行われた軽トラ演劇。軽トラックの前で観客に向かって演じる山尾匠さん

「いらんことしぃ」が武器に

いわゆる、いらんことしぃの子どもだったんです(笑)。声もでかいし、落ち着きもない。頭の中では、学校の勉強をせずに空想の物語をずっと考えていました。

でも、演劇に出会って、声の大きさは武器になり、落ち着きのなさは何でもトライする部分になりました。頭の中で考えていた空想も、誰かと共有して楽しめる。そんな感じです。

Q5

これからの人生について、現時点で考えていること。

面白いと思えることは続けていきたいです。ただ、誰かに重荷を背負わせたり、我慢させたりしなくても、当たり前にやりたいことができるようにありたい。自分もそうですし、自分以外のみんなもそうです。

自分たちの仕事は、世の中に安定がなければ求めてもらえません。だからこそ、世界が平和であってほしいと思います。

「見に来てもらう」から「見かけてもらう」へ

軽トラ演劇については、演劇にはすごく敷居が高いイメージがあって、「観に来てほしい」というこちらの思いが全然伝わらないなと思っていました。なぜだろうと考えると、ぱっと見ただけでは分からないことが多すぎるんですよね。

そこで、まずは「見に来てもらう」のではなく、「見かけてもらう演劇」をつくってみようと思いました。ただ、地面で演技をしていても普通の人と見分けがつかず、気づいてもらえません。どうにか気づいてもらえる方法はないかと考えていた時、自家用車の荷台で作業をしていて、「これだけスペースがあれば芝居できるな。やるか!」となり、軽トラ演劇を思いつきました。

お芝居をもっと身近に

お芝居が、もっと身近になったらいいなと思っています。

たくさんの理想や考え方がある現代だからこそ、自分を否定したり、他人を否定したりしてしまう人が多いのだと思います。何かを否定する生き方はしんどいです。

生身の人間が目の前で演じるからこそ、自分以外の正解を知って受け入れ、自分の幸せも認めてあげられるような優しい世界をつくりたいです。僕たちは、誰かが笑顔になってくれないと生きていけませんので。

今回のお話は、映画を作りたい8人が集まり、地元をテーマに映画を作り始める物語です。生きていく中でのつらさや悩み、孤独、迷い。いろいろな負の感情を受け入れながら、幸せになろうと前進する登場人物たちを見て、お客様にも自分の心の帰る場所を思い浮かべてもらいたい。一緒に幸せになれるような世界をつくっていきたいと思います。

山尾匠さん

『おいでよ!テアトル堺』のポスターを手にする山尾企画の出演者ら

山尾企画主宰、劇作家(画像左下)。高校時代に演劇と出会い、高校卒業後は舞台の大道具会社に就職。歌舞伎、ミュージカル、現代劇などに携わり、その後は自身の演劇活動を続けながら、大道具や劇場管理など舞台に関わる仕事を続けている。

年代: 30代
職業: 劇作家

画像:フェニーチェ堺公演『おいでよ!テアトル堺』のポスターを手にする山尾企画の出演者ら

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