年間5,000万円の赤字バス、その構図

―― 編集長コラム 第13回 ――

連載・コラム

サカイタイムズ

3/2/2026

堺市公表の美原ラインの本格運行の考え方(骨子案)より抜粋|堺市のニュースならサカイタイムズ
堺市公表の美原ラインの本格運行の考え方(骨子案)より抜粋|堺市のニュースならサカイタイムズ
年間約5,000万円の税金バス

堺駅から美原区役所前までのバスに、年間約5,000万円の税金が使われると聞けば、堺市民のみなさんはどう感じるでしょうか。

2026年2月4日、堺市のHPに「SMI美原ラインの本格運行の考え方(骨子案)について」という資料が、見落としてしまいそうなほど静かに公表されました。

内容は、実証実験をしていた「堺駅や堺東駅などから美原区役所前」までのバスを本格的に運行しよう、というものです。使われる税金は年間約5,000万円。つまり、赤字路線のバスです。多くの堺市民からすれば「なぜ美原区役所前までのバスなのか」と感じる人もいるでしょう。

バスは黒字で走るのが当たり前だと思っている人ほど、疑問を抱くはずです。路線バスは本来、運賃収入で運営されるものだからです。しかし今回のSMI美原ラインは、そもそも運賃収入が運行経費を上回る想定になっていません。市の試算では、本格運行後も市の負担は年間およそ4,800万〜5,100万円規模です。

では、なぜそれでも走らせるのでしょうか。

理由は明確です。美原区役所前の向かいに、ららぽーと堺があるからです。ららぽーと堺がなければ、この路線を都心部から本格運行する議論は、ここまで具体化しなかったでしょう。構図として、そう読む以外に説明がつきません。

堺市HP:SMI美原ラインの本格運行の考え方(骨子案)について(PDF)

どこからどこまでのバスか

資料上のルートは「都心=(堺駅や堺東駅から大阪中央環状線、国道309号)=美原区役所前」です。停留所は12か所、運行時間帯は9時台〜20時台で1時間に1本、所要時間は堺駅〜美原区役所前で最短約36分とされています。

それでも「ららぽーと堺行きバス」とは書かれていません。冒頭の堺市資料の一部画像にあるように、行政は風景写真の建物の上に「ららぽーと堺」と記す程度にとどまっています。3月1日から南海バスが運行を始めた「イオンモール線」と明確に打ち出されている路線とは性質が異なります。

サカイタイムズ記事:南海バスがイオンモール繋ぐ「イオンモール線」3月1日新設

堺市の発表は「堺駅から美原区役所前まで」というシンプルな内容ですが、そこには堺市の東西交通の弱さ、鉄道がない美原の事情、都心と美原を結ぶことの重要性が集約されています。しかし、どれだけ資料で説明を尽くしても、いわゆる「赤字路線」である点は変わりません。

区役所前と書く理由

資料上の終点はあくまでも「美原区役所前」です。行政や職員が「堺市民のみなさん、ららぽーと堺に行きやすくなります」と公に書くことは難しい。税金で民間施設を支えているように見えてしまうからです。だから「美原区役所前」と記す。しかし実際には、堺市の都心部から美原区役所に用事があって向かう人は多くないでしょう。この“書けない構図”こそが、今回の発表の核心だと私は考えています。

炭鉱町のような機能

私はこの資料を読み、少子高齢化が進む堺市における都市の延命治療のように感じました。堺市全体として街を循環させようとする構図が見えます。

日本でもかつて炭鉱があった町は、炭鉱という産業の危うさを抱えながらも、雇用を生み、周辺の商店や住宅地を含めた生活圏を成立させていました。産業としての是非は別にして、「街が回る仕組み」を形成していたのです。

ららぽーと堺のような大型商業施設も、形は違っても似た機能を持ちます。雇用が生まれ、人の流れが生まれ、周辺事業者にも波及する。そこと都市部を繋ぐ。都市の延命治療という言葉を使ったのは、その意味です。血流を止めれば弱る。血流を通せば維持できる可能性が生まれる。その血管が公共交通です。

賛否ではなく、線引きの話

ここで誤解してほしくないのは、私は「商業施設のために税金を使うべきだ」と言いたいわけではないということです。むしろ逆で、その点を曖昧にしたまま進めれば、不信だけが残ります。民間施設と都市機能は実際には切り離せないにもかかわらず、言葉の上では切り離したかのように説明する。行政側も、市民には口コミで「ららぽーと堺に行けるバスがあるらしい」と伝わることを期待する形になっています。

ローカルメディアとして

もちろんサカイタイムズでは「ららぽーと堺に行けるバスがある」とこれからも書きますし、これまでも伝えてきました。ただし内情については推測の域を出ないため、このようなコラムでしか触れられない部分もあります。

サカイタイムズ記事:堺駅・堺東駅から「ららぽーと堺」へ便利なバス 10月14日から開始

政治家の役割

行政には立場があり、書けない言葉が生まれます。しかし、正面から説明しなければならない立場の人がいます。それが言葉を生業とする政治家です。「区役所前」と書くしかない状況だからこそ、政治家の役割があります。

今回のバスも、赤字路線であることを前提に、誰が利益を得るのか、どのような波及効果が見込まれるのか、どのような反発が起こり得るのかを整理し、判断材料として提示する必要があります。賛成に誘導するのでも、反対をあおるのでもなく、市民が判断できる状態を整えることが求められます。

これは市議会議員など政治家の役目だと私は考えています。赤字であることも、その構図も、正面から語られるべきです。事実として提示する。都合の悪い点を隠したまま賛否に誘導する必要はありません。終点は区役所でも、実質的な人の流れの受け皿はららぽーと堺です。

堺駅から美原区役所前までのバスは、単なる“交通”の話では終わらないでしょう。堺市が市全体の維持のために、どこまで費用を負担するのか。その線引きの問題です。そして「決めるのは市民」という土台を整えることこそが重要です。

自分の住む街のことが、十分に知らされないまま決められていく。堺市では長い間、その状態が続いてきました。少しでも改善していくために、サカイタイムズは引き続き情報を提供していきたいと思います。

2026年3月2日
サカイタイムズ編集長
笹野 大輔

画像:2026年2月に母と訪れたイタリアにて。ドローン映像をのぞき込む母と操縦する笹野編集長